20, 12月 2014

大人の階段上り切る。

このブログのテーマは「将来のこと」となっておりますが、まあ「将来の」に続く単語として1番最初に連想されるのは、やはり「夢」なのだと思います。しかし、良い年齢にもなると(いつも思うのですが、どうして一定のラインを超えると「良い年」って表現するんでしょうかね。年齢という視点から見るなら、何も良くなんかないと思うんですけどね)、もはや「将来像」あるいは「将来設計」であって、どこにも「夢」なんてありません。現実が見えるようになることを、世間一般では「大人になる」と言うのかもしれません。
たとえば「結婚したい」という願望があったとして、幼い女の子が「あたし大きくなったらお嫁さんになりたい!」と言うのであれば、これは紛れもなく可愛らしく純粋な「夢」であると言えるでしょう。しかし、良い年した女性が「お嫁さんになりたい」などと口にすると、一気にシリアルな空気が漂い、そこには夢も希望もなく、なんなら絶望しか生まれないパンドラの箱の外側のようになってしまいます。

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